2017-08-31

9月の営業日です。 / 木木木






9月の営業日です:


14日(木)

19日(火)

23日(土)

27日(水)



営業時間:


11−16時





*お願い*

路上駐車はお断りしております。
(駐車スペースが狭くて申し訳ありません)


まだ暑い日がありますので、ぜひクーラーボックスをお持ちください。
(生菓子は1ファミリーさま2個までとなっております。申し訳ありません)


いつもご協力ありがとうございます。





************************************************




森さんと出逢ったのは、9歳の頃だった。

「困っているから来てほしい」と母の主治医から電話があった。
よくわからずに向かうと、そこにニコニコしている30代前半の日本人青年がいた。
旅の途中で知り合ったドイツ人のメモにある住所に訪ねて行ったら、
ドイツ語と日本語がお互いわからず、
たまたま日本人の患者であるウチにヘルプの電話を主治医がしてきたのだった。

突然現れた森さんは、女性にも男性にも子供にも赤ちゃんにさえ、
すぐに好かれてしまうような人だと、直感的にわかった。瞳が澄んでいた。
超人見知りの子供の私でさえ、森さんは特別だった。
そうだ、若かりし頃の三宅一生のような雰囲気で、無精髭でも品が漂っていた。
日本では自動車工場を営んでいるという。

2−3度、ドイツの我が家に寄ってくれた。
うちが日本に戻ってからは、お元気だと風の便りが届くくらいの、
でも忘れることのできない人。大好きな人。

11年前に四駆の程度のいい中古車を探すのに、
巡り巡って森さんにお願いすることになった。
そして納車のとき、
何十年ぶりに会ったのだ。
雰囲気そのままで、嬉しくなってお茶にお誘いした。


あのとき、なぜボンに来たのだろう、小さな町なのにと尋ねると、
「ぼくは、おやじの営む小さな自動車工場を子供の頃から手伝わされて、
それがイヤでイヤで。
本当は勉強がしたくて、学校に行きたくて、行かせてもらえなくて。
演劇とクラシック音楽が好きで、大人になったらベートーベンの生まれた町を絶対訪ねようって」

それから頑張って踏ん張って人並みの、それ以上の境遇になって、
自由に音楽が聴けて旅ができるようになって、
旅の途中に出逢ったドイツ人がベートーベンの生まれ故郷のボン在住で、
嬉しくて訪ねてみたけれどドイツ語ができず、
そして我が家に辿り着いたということだった。


「ベートーベンの故郷は夢かなって何度も行ったけれども、もうひとつ、
本当に好きだった演劇はできなかった。

でもね、今はこう思うんだ。
ぼくは、街場の自動車工場のおやじの役を、今この人生で、舞台で、演じているんだ、って」。
それで充分しあわせだ、と。


お茶をしていたカフェはガラス張りで、軽井沢の秋の夕暮れの美しさを森さんに見てもらえて、
嬉しくなってつい
「私はお菓子屋を、この地でやるんです。まだこれからですが、お菓子屋ができたら遊びに来てください」
とお伝えしたら、
「ぜったい、行くね」と。

笑顔で別れた。



訃報を聞いたのは、その1ヶ月後だった。
その瞬間、両親が目の前で崩れるようにひざまづいて泣いた。

お菓子屋をつくって、
そしてお菓子で喜んでもらうんだ。
そう決めてから、経験と費用を貯めるのに少ないけれども10年かけた。
ようやく土地を見つけ、設計が始まっていた。
なのに。

もう少しだったのに、
間に合わなかった。
もう少しだったのに、
見てもらえなかった。
もう少しだったのに、
食べてもらえなかった。

私の涙が悔しいのか悲しいのかもわからなかった。


翌年の2007年夏、
建物がようやくできあがり、
保健所・税務署の届けが済んで、
ありんこ菓子店は生まれた。


そして、10年が経った。